沖縄本島ドライブ旅行の記録

2009年 1月27日(火) ― 31日(土)

     
-  沖縄ドライブ  後半行程  第3日目~第5日目 -
                                 那覇―中部(西)―北部―中部(東)―那覇
                      
     
      
     

〔第3日〕 1月29日(木)

地域・場所 ルート・観光・見学箇所等 読み方  着時刻 発時刻
(通過
)
メーター 説 明 ・ 案 内 等
那  覇 ホテル シティーコート     7.58 107.1  
    -R58・K12-           
本島中部西側 座喜味城跡 ざきみ 8.55 9.25 136.6  
    -K12・K6-           
  むら咲むら むらさき 9.33 10.32 140.2  
  残波岬 ざんぱ 10.38 10.55 144.5  
    -K6-           
  真栄田岬 まえだ 11.11 11.23 153.0  
    -K6・R58-           
  琉球村   11.28 12.42 155.2 ステージ上の琉球舞踊を見ながら昼食 
    -R58-           
  万座毛 まんざもう 13.05 13.20 172.6  
    -R58-           
  海中展望塔(部瀬名岬)   13.39 14.25 184.6  駐車場から徒歩10分近く。シャトルバスあり。
    -R58・R449・K114-            
北部西側 美ら海水族館 ちゅらうみ 15.13 16.13 217.6  
本部半島    -K114・R505・K115-            
今帰仁城跡 もとぶ・なきじん 16.27 17.15 225.6  
    -K115・R505・K72・K84・R58-            
名 護 ホテル ルートイン名護   18.08   246.9  
             
  居酒屋「大漁屋」           夕食  ホテル近くの店
             

   〔座喜味城跡〕  読谷山の按司であった護佐丸が15世紀初頭に築城したといわれるもの。一の郭と二の郭が標高約120mの丘陵上にあり、一の郭からは残波岬や東シナ海を見渡すことができる。他に例のないくさび石のはめられたアーチ石門をもち、琉球石炭岩の「あいかた積み」(四角形や五角形に粗く加工したものを自然な感じにかみあわせて積み重ねる)を中心にした約3mから約13m程の高さの重厚な城壁が波打つように連なっている。世界遺産。

 
        
 
 
 〔むら咲むら〕 むら咲むら」発行パンフレットの表紙には、
32工房101の体験アイテム 体験王国 むら咲むらとある。以下はその説明。

     昔の琉球時代だけじゃない 「今」のオキナワが体験出来る空間 ‼
     14,15世紀頃の華やかな王朝文化を築いた琉球の歴史にひときわ輝く大交易時代。その栄華を
     築いた王国の歴史を一万五千坪の敷地に再現しました。NHKの大河ドラマ「琉球の風」ではオープ
     ンセットとして使用され、赤瓦や琉球石灰岩の石畳が古き時代の息吹を感じさせる空間です。現在
     建築群は様々な体験工房が「むら」を形作っています。


 石畳を進むとその両側に続く石垣の向こうに民家や武家屋敷、宮殿風の建物などが連なっている。ちょっとした琉球風の村落の雰囲気を味わえる空間である。民家はそれぞれ工房になっていて、シーサー作り、紅型染め、花織りなど、様々な体験がほとんど予約なしでできるようになっている。
 
      

 
   〔残波岬〕 読谷村の西北部にある岬。2kmも続くといわれる高さ約30mの切り立った断崖の突端に立つ真っ白でほっそりとした残波岬灯台と眼下に広がる海の青との対比が印象的。水平線に沈む夕日が美しいという。

 
   〔真栄田岬〕 ごつごつした岩場の続く隆起サンゴ礁の岬。駐車場の横にある展望台からは,美しいコバルトブルーの珊瑚礁の海や万座毛方面が一望出来る。このあたりの海は「青の洞窟」と呼ばれる海中洞窟があったり、魚の種類も豊富だったりして沖縄屈指のダイビングスポットだという。
 
                  
                残波岬                          真栄田岬
 
 
 〔琉球村〕   「琉球村」(国・登録有形文化財)発行パンフレットの説明

       琉球村とは    むかし沖縄にタイムスリップー回だけの夢の旅
       むかしの沖縄の文化を理解してもらうため建設されました。
       琉球列島にある各地の古い建物を移築して後世に伝えるため大切に保存されております。沖縄
       に古くから伝えられる藍染めや紅型工房があり、また昔の水牛車による手作りの製糖方法は全
       国でもここだけの貴重な風景です。

      「琉球村」のホームページには次のような説明もある。
       琉球村は沖縄の文化・芸能・自然を見て体感できるテーマパークです。
       「工芸品を作る」、「おばあと語る」、「沖縄の文化を学ぶ」がこの村での3つのテーマです


      [移築・保存されている 築約80-200年の伝統的な赤瓦屋根の民家]
      
  旧仲宗根家  旧玉那覇家住宅主屋  旧大城家住宅主屋   旧花城家  
          旧島袋家住宅主屋  旧西石垣家住宅主屋   旧比嘉家住宅主屋  などがある。
            各民家では様々な工芸・芸能などを体験できるようになっている。

         琉球村入口の前にある「沖縄の駅 ちゃんぷるー」の中には「うちなー食堂」があり、公演時間にあたれば
         「ちゃんぷるー劇場」の舞台で行われる琉球舞踊などを見ながら食事をすることが出来る。

 
   

 
   〔万座毛〕 海に突き出した断崖絶壁の先端の一部の内側が波の侵食その他でえぐられ、残った外側の部分が象の鼻のように見える景勝地。琉球国王の尚敬王(在位1713~51)が、この奇勝である断崖の上が天然の高麗芝に覆われた毛(草原)になっているのを見て、<万人の座するに足る毛>と賞賛したため、この名で呼ばれるようになったのだという。展望広場からはこの「象の鼻」や澄んだコバルトブルーの海を見渡すことができる。駐車場の入口には、琉球王朝時代を代表する女流歌人恩納ナベ(ナビー)の歌碑も立っている。

 
         

 
   〔海中展望塔(部瀬名岬)〕  岬の突端と連絡橋で結ばれている、海からにょっきり突き出した展望塔で、部瀬名岬の沖合165mにある。塔内水深約4mのところに設けられた展望室のガラス窓からは、珊瑚礁の海を泳ぎまわる様々な色の美しい熱帯魚などをすぐ目の前に見ることができる。

 駐車場から10分位歩いて展望塔まで行ったのだが、帰りにこの岬の突端と駐車場そばの券売所との間を往復する無料シャトルバスが運行されていることを知った。帰りだけでも乗ろうかと思ったがしばらく待たなければならなかったので結局また歩いて駐車場まで戻ったのだった。きれいな海を眺めながら遊歩道をのんびり歩くのも、それはそれでいいものだった。

 
         

 
   〔沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館 ・ 海洋博公園〕 広大な海洋博公園の北側にある、「世界最大級」の水族館で、その規模の大きさと充実した展示で「人気スポットの一つ(館発行パンフレット説明)なっているという。

     自然豊かな沖縄の海をそのまま展示するコンセプトのもと、「沖縄の海との出会い」をテーマに南
    西諸島・黒潮の海に生きる多種多様な水圏の生き物達との出会いの場を創出します。

     水族館では、神秘に満ちた沖縄の生き物たちの雄大な世界が広がります。
    太陽の光が降りそそぐ「サンゴの海」水槽では800群体のサンゴを飼育展示しています。そして、世
    界最大の魚ジンベエザメや、世界初の繁殖に成功したナンヨウマンタが観察できる大迫力の巨大
    水槽「黒潮の海」。さらに謎に包まれた沖縄の深海を再現した「深層の海」水槽へと、沖縄の海を丸
    ごと体感できます。


     沖縄美ら海水族館は、その様な沖縄周辺の海の、水面から水深1,000m付近までを再現し、光、
    水質、透明度などのさまざまな要素をできるだけ自然の海に近い状態に保っています。そして海岸
    から沖合、黒潮、さらに深海へと旅する形で疑似体験をしていただき、沖縄の海の素晴らしさや大切
    さを体験、体感していただける展示をしています。

                                     (「水族館ホームページ」の説明より )

 水族館棟の入口にあるジンベエザメのモニュメントや海人門(ウミンチュ[沖縄の漁師 ]ゲート)を過ぎてエスカレーターで3Fに下りると右手が沖縄美ら海水族館の入口になる。沖縄美ら海水族館は4Fから始まり、3F水族館入口(コーラルロビー)から入館して2F、 1Fへと海深くへと潜っていくような造りになっている。
 各フロアにはそれぞれテーマが設定されている。
   4F  大海への誘い - 沖縄の海 出会いと発見の旅へ
   3F  サンゴ礁への旅 - 生命あふれる彩りの世界
   2F  黒潮への旅 - 黒潮 ・熱帯のダイナミックな世界
   1F  深海への旅 - 沖縄の深海を、ここに再現

 各フロアーにある沖縄の海を再現した大小77の水槽を順に見ていくと1階の出□へとみちびかれていく。
 最大の目玉は4階から1階までを占める「黒潮の海」の大水槽。全長8.4mものジンベエザメや長期飼育記録世界一のナンヨウマンタが悠々と泳いでいるのや、そのほか黒潮の回遊魚など多種多彩な魚たちが群れを成して回遊するのを見ることができるこの大水槽の巨大アクリルパネルは、高さ8.2m、幅22.5m、厚さ60cm だという。


海洋博公園〕 (大変残念だったが時間の関係で「美ら海水族館」以外はほとんど見学していない。)
 この水族館のある海洋博公園は、1976(昭和50)年に開催された沖縄国際海洋博覧会(EXPO'75)を記念してその跡地に1976年に設置・整備された国営公園。広大な約77haの園内は三つのエリアに分けられ、各エリアには次のような様々な施設がある。
   歴史・文化エリア  海洋文化館 おきなわ郷土村 おもろ植物園
   海のエリア      美ら海水族館 オキちゃん劇場(イルカショウ) 
                マナティー館 ウミガメ館 イルカラグーン
                エメラルドビーチ
   花・緑のエリア    熱帯ドリームセンター  熱帯・亜熱帯都市緑化植物園 夕陽の広場
     その他       噴水広場  海岸遊歩道

       ☆広い園内の移動に便利なように遊覧車が運行されている。全部で13ヶ所に停留所があり、
        全路線約8分~30分の間隔で、園内の端から端まで運行している。
              料金   1日周遊券 200円 / 1回乗車 100円

 
        

 
   〔今帰仁城跡〕  13~14世紀の「三山分立時代」に沖縄北部一帯を支配した北山王が拠点としたグスクだが、15世紀になって中山の尚巴志が三山を統一して琉球王朝が成立した後は、王府が北部監視のために派遣した「監守」の居城となった。
 東シナ海を見下ろす高台にある、首里城とほぼ同規模の七つの郭からなる城で、何段にも造られた、地形を巧みに利用して優雅なカーブをえがく城壁はその細部の造りも美しく、沖縄屈指の名城という。世界遺産。

 日本一早く咲く桜(寒緋桜)の並木が続く長い坂道を平郎門、大庭へといくつかの城壁を越えてかなり上って行く。
が、主郭はさらに一段上ったところにあり、本格的な山城であることを実感させられる。御内原、主郭からの城壁や山や村、海などの雄大な眺めは素晴らしい。

  1月の下旬、東京などでは寒さの厳しい時、主郭への坂道や石段の途中に寒緋桜(緋寒桜)がきれいに咲いている光景には、何か不思議な感じもしたのだが、オーと感激したのだった。
 本州各地にある城とはかなり違うグスク・城の造りとともに、ここは「琉球・沖縄」なんだと実感した一時だった。
 
        
 
        

 


〔第4日〕 1月30日(金)

地域・場所 ルート・観光・見学箇所等 読み方  着時刻 発時刻
(通過
)
メーター 説 明 ・ 案 内 等
名 護 ホテル ルートイン名護     7.50 246.9  
         〔給油 名護市川上〕   8.13 8.15 253.6 26.85L @85  \2,580 
      -R58-          
本島北部西側 道の駅「おおぎみ」   8.30 8.47 267.7  
  芭蕉布会館   8.53 9.00 272.5  10時開業で見学できず
  やんばる野生生物保護センター   9.08 9.10 277.9  10時開業で見学できず
  道の駅「ゆいゆい国頭」 くにがみ 9.17 9.30 279.1  
      -R58-           
本島北端付近 茅打バンタ かやうち 9.51  10.05 297.4 国道トンネル手前から旧道を上り、岬の方へ下った 
  石林山公園入口駐車場  せきりんざん 10.08   298.7 駐車場と登下山口との間はバスで送迎。 
     石林山公園(金剛石林山)          
  石林山公園入口駐車場      11.50 298.7   
本島北端 辺戸岬 へどみさき 11.55  12.35 301.1 駐車場前パーラー金城で昼食(ホットドッグ・焼きそば) 
本島北端付近 ヤンバルクイナ展望台       302.6 途中から徒歩でかなり登らねばならず、断念
      -R58-           
  奧ヤンバルの里・奧共同店   12.55  13.10 311.5  
      -K70-          
  桜並木(道路右側)         奧から10~15分位走った所か? 
北部東側    休憩 (高江・大泊橋付近)   13.58  14.02 352.5  
  つつじエコパーク・県民の森   14.16  14.23 362.7  
      -K70・R331-           
  沖縄かぐや姫   14.32  15.25 367.2  
      -R331-           
  慶佐次湾のヒルギ林 げさしわん  15.28  15.57 368.1  
      -R331・R329・R58-            
中部西側   ホテル 喜瀬ビーチパレス きせ 16.45    405.2  1F居酒屋で夕食。
             

   〔芭蕉布会館〕 芭蕉布の里として知られる喜如嘉集落にある大宜味村営の施設で、芭蕉布の伝承と後継者育成のために造られたもの。サラリとした肌触りが特徴とされる芭蕉布は糸芭蕉の繊維から織り上げる伝統的な織物で、昔は庶民の仕事着から士族の衣装にまで利用されていたものという。戦後、その伝統が途絶えかけたが、人間国宝になっている平良敏子さんなど、集落の人々がその技法を守り抜き、現在は国の重要無形文化財(昭和49年指定)になっている。館内で実際の作業風景や制作工程を紹介するビデオなどを見ることができるとのこと。
 
 芭蕉布を織る行程を見てみたかったのだが、残念ながら時間が早かったため見学することはできなかった。

 
  〔やんばる野生生物保護センター〕 野生生物保護への理解や関心を深めてもらうための普及啓発活動や、やんばるに生息するノグチゲラ、ヤンバルクイナなどの絶滅を危惧される野生生物の保護増殖事業、調査研究などを総合的に行うための拠点として設置された施設。 平成22年4月に展示を全面改修して「ウフギー(「大木」)自然館」という愛称をつけてリニューアルオープンしたとのこと。

 沖縄本島北部地域(東村、大宜味村、国頭村)は山原やんばる=山や森が多い意)と呼ばれ、本島最高峰の与那嶺岳(503m)を中心にして山々が連なり、イタジイ、オキナワウラジロガシなどの亜熱帯照葉樹林が広がっている。この地域固有と思われる野生生物が数多く生息している、本島内でもっとも豊かな自然が残っている地域

 センター内には、沖縄県北部に生息するヤンバルクイナやアカショウビンなどの貴重な野生動物の剥製などが展示されているとのことだったので、ヤンバルクイナとはどんな鳥なのか一目見てみたかったのだが、ここも開館時間まで間があり、けっこう開館を待つ人たちがいたのだが、先の行程が長かったのであきらめて出発した。 
 
 
  〔茅打バンタ〕 国道58号線の宜名真トンネル手前から旧道を登ったところにある高さ70mの断崖絶壁。バンタとは崖を意味する方言で、ここから束ねた茅を落とすと吹き上げる風でバラバラになって飛び散ることからこの名で呼ばれるようになったという。崖の上の展望台からは眼下に東シナ海が広がり、左手下には宜名真漁港やずっと58号線で北上して来た海岸線を見渡すことができる。
 
 
        
   宜名真漁港と本島北部西海岸             展望台にあった案内板の一部

 
  〔石林山公園(金剛石林山)〕  公園発行のパンフレットにあった説明を紹介します。

    巨大な奇岩奇石が林立する神々のデザイン
    
石林山公園  沖縄国定公園 バリアフリー施設

    ①2億年前の石灰岩でできています。
      2億年前(古生代)の石灰岩が、雨水などで長い年月をかけて侵食されてできた日本唯一の熱帯カ
      ルスト地形です。

    ②ピナクルは日本最大
      カルスト台地に石灰岩が塔のように露出している状態を「ピナクル」といい、石林山公園のピナクル
      は最大で約10メートルもあり、荒々しく切り立った巨岩巨石が林立する景観は他では見ることが出
      来ません。

    ③世界最北端の熱帯カルストです。
      カルスト地形には温帯性と熱帯性があり、石林山公園は世界最北端の熱帯カルストです。
      熱帯カルストの最大の特徴は円錐カルストで、公園内では2ヶ所で見ることができます。


    石林山公園には4つのコースがあり、自分で好きなコースを選んで歩くことが出来る。
      ○バリアフリーコース            石と緑の中を楽々歩く     約600m   約25分
      ○奇岩巨石(巨岩、石林感動)コース  神々の巨大彫刻群を歩く    約1,100m  約40分
      ○絶景(美ら海展望台)コース       大パノラマと聖地を歩く      約700m   約30分
      ○森林(亜熱帯自然林)コース      熱帯の森を歩く          約700m    約30分

  駐車場前の公園入口受付で入園券を購入した後、シャトルバスで登下山口の精気小屋・テラス(休憩所・売店)まで送ってもらう(約5分)。小屋から絶景(美ら海展望台)コースの木々と岩の続く中を展望台を目指して整備された山道を登っていく。たどり着いた大パノラマ展望台からの眺めは素晴らしいものだった。すぐ目の下に辺戸岬の突端があり、その先に青い海が広がっている。コース途中には、悟空岩、烏帽子岩、沖縄生成神話の聖地に関係するとされる岩等、大小の奇岩巨石などがあって変化に富んでおり、面白く楽しい小一時間のウオーキングだった。もどった精気小屋・テラスで一休みしてから売店で帰るというと、迎えのバスに連絡をとってくれる。帰りのバスは公園入口の少し手前で止まり、運転手さんが右手の森林の中へ案内し、巨大なガジュマルの木について説明してくれた。そこからはしばらくソテツ群落などの森の中を歩いて駐車場にもどった。
 本州とは違う沖縄の自然の一部を体験した、なかなか楽しい一時だった。

 
        
          登下山口のテラス
 
        
            奇石の門                 展望台から見た辺戸岬             ガジュマルの大木

 
  〔辺戸岬〕 沖縄本島最北端の岬で、左右を絶壁に囲まれた岬上は広い台地になっている。岬の右手には太平洋、左手には東シナ海が広がっており、晴れた日には正面の北方はるかな海の彼方に鹿児島県の与論島や沖永良部島を望むことができる。周辺には遊歩道が整備されている。岬の南東側の高台には断崖が続く岬一帯を展望できるというヤンバルクイナ展望台がある。

 隆起サンゴ礁の断崖がそばだつ岬の突端には祖国復帰闘争碑がある。 1972年に沖縄の祖国復帰は実現したが県民の平和への願いは無視され、「日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用され」てしまった。「しかるが故に この碑は 喜びを表明するためにあるのでもなく まして勝利を記念するためにあるのでもない 闘いをふり返り 大衆が信じ合い 自らの力を確かめ合い決意を新たにし合うためにこそ」(碑文)あるのだという。米軍統治時代には昭和47年まで毎年4月28日(昭和27年のこの日から沖縄が米国の支配下におかれた)に、本土復帰を願うかがリ火が焚かれたところだという。

 岬周辺を歩いた後、食堂が営業していなかったため売店で買ったもので昼食を済ませ、国道に戻る途中にあるらしいヤンバルクイナ展望台(ヤンバルクイナの形に作られた展望台)に寄る事にした。小さな案内板の指示に従い細い道をしばらく走ると2、3台車を止められるスペースがあって、そこから先は徒歩でさらに細い道を登っていくようになっていた。けっこう登って行かなければならないような感じなので、時間のこともあって断念してもどった。後で調べてみると、もっと国道に近い反対側になるようなところからもう少し楽に行ける道があったらしい。辺戸岬全体の様子は一応石林山の展望台から見ていたのであきらめがついたが、少々残念なことではあった。
    
 
         
祖国復帰闘争碑を望む                              岬東側から石林山を望む
 
     
  〔奥ヤンバルの里・奥共同店〕 奥地区の集落で使われていたさまざまな民具が並ぶ民具資料館、都市部と山村の交流のためにつくられた交流館、郷土料理が味わえるレストラン、白炊可能な沖縄民家風の宿泊施設などがある。

 ここは特に見物等の予定はなかったのだが、休憩をかねて国道沿いにある「奥共同店」に寄った。ここは日常雑貨などを扱うごく普通の売店なのだが、100年を超える歴史のある共同売店なのだと言う。共同売店と言うのは、その地域に暮らす人々の共同出資によって運営される商店のことで、この奥共同店は1906(明治39)年4月1日に創立された、歴史的に山原地域の先駆をなすもので、都会から遠く離れた不便な地域の生活防衛のための共同店として各方面から注目されているという。

 
   〔桜並木〕 共同売店をのぞいてみた奥集落を離れ、いかにも山の中という感じの、道の両側木々ばかりで全く何もない県道70号線をしばらく走ると、突然右側に大きなピンクの塊が出現。きれいに咲いた花をつけた寒緋桜の木木が並木になって続いていたのだ。しばし車を止めてきれいに咲いた寒緋桜をながめた。
 
         
        奥ヤンバルの里 

             
 
  〔東村村民の森つつじエコパーク〕 村民が作ったつつじ園などがある体験型白然公園で、バンガローやオートキャンプ場、パターゴルフ場などが整備されており、やんばるの白然体験プログラムも各種用意されている。3月になると園内には5万本のつつじが咲き誇るという。

 海と空と山や森の広々とした景色を高台にある園入口から眺めだけで満足。次へ向かった。

 
                   

 
  〔花と竹の公園 沖縄かぐやひめ〕 濃い緑と、まぶしいほどの海と空の青」をキャッチフレーズにした公園で、「県内最大のバラ園(150品種、2500株)やハイビスカス園(330品種)又、季折々、咲き誇る花々など、やんばるの自然を生かした究極のくつろぎ公園」。バラやハイビスカスをはじめ、菜の花やコスモスなどが訪れる人の目を楽しませている、四季折々の花で彩られた公園。園内にはオーシャンビューのコテージや、キャンプ場などもある。

 あちこち見て回ったどこかで「沖縄かぐや姫 コスモス・菜の花祭り」と書いてあるポスターを見つけ、「かぐや姫」に「コスモスと菜の花」?、何だこれはと興味を引かれて寄った所。様々な種類のたくさんのバラなどが美しく咲いている園内を進み、海の見える所まで行くと、何と、道を挟んで、右側にはコスモス、左側には菜の花が一面に咲いている所に出た。「これだったのか‼」、と東京などでは決して見ることの出来ない春と秋の同居する光景にびっくり、感動。そうだ、ここは南国沖縄なんだ、本州とは違うんだということをあらためて実感したのだった。貴重な体験であった。
 ちなみに「かぐや姫」というのは、入口の看板に「花と竹の公園」とあったが、その園内にある竹林からきたネーミングらしい。

 
 
      
 ハイビスカス園              バラ園               菜の花とコスモス
 
  〔慶佐次(げさし)湾のヒルギ林〕 辺戸岬から本島北部東岸を70k近く南下した所にある慶佐次川の河□に広がっている国天然記念物のマングローブの林。ヒルギ類は、熱帯から亜熱帯の海水と川の淡水が混ざり合う河口あたりに生える植物で、マングローブ林の中心になる主要構成種。慶佐次湾のヒルギ林は、広さは約10haもあり、沖縄本島内では最大規模のもので、ここにはメヒメギ、オヒルギ、ヤ工ヤマヒルギ(分布の北限)の3種類が生育しているという。マングローブ林周辺には多様な海の動植物と森の動植物が生存していて、海と森の二つの生態系が見られるとのこと。

 県道沿いの慶佐次川にかかる橋の所に「東村ふれあいヒルギ公園」があり、そこから遊歩道(木道)が整備されている。所々に展望台もあって、上流に向かってどこまでも広々と生い茂るヒルギ林の中をゆっくりと歩いて、ヒルギやその他の動植物を間近に観察して回ることができるようになっている。場所によっては遊歩道の上から小さなシオマネキという片手の大きな蟹が穴に出入りしたり、あちこち歩き回ったりしているのを見ることができる。

 
         ヒルギ公園               慶佐次川               ヒルギ林
 


〔第5日〕 1月31日(土)

地域・場所 ルート・観光・見学箇所等 読み方  着時刻 発時刻
(通過
)
メーター 説 明 ・ 案 内 等
 喜 瀬  ホテル 喜瀬ビーチパレス     8.05 405.2   
        -R58-           
      許田IC (沖縄自動車道)    きょだ   8.10 407.8   
      伊芸PA  いげい 8.20 8.33 427.4   
       沖縄北IC (沖縄自動車道)   8.43 441.7   
        -R329・K8-           
本島中部東側 安慶名中央公園・安慶名城跡  あげな 8.56 9.15 448.8   
      -K8・K10-           
  勝連城跡    9.32 10.15  457.2   
      -K10-            
       海中道路          
  道の駅「あやはし館」    10.26  10.58 462.8   ここで休憩の後、引き返した。
       海中道路          
     -K10・K16・K33・K85・K227          
     ・K81・K146-          
  中村家住宅   11.45  12.20  482.5   
  中城城跡  なかぐすく 12.25  13.07  483.4   
      -K146・R329・K38・K153-            
  浦添城跡・浦添ようどれ館   うらぞえ 14.18  14.35  503.8   場所がわからず、30分位迷走。
      -K153・K38・R330・K82-             
那 覇   識名園   しきなえん 15.00  16.35  510.7   入口近くの食堂で昼食
      -K82・R329・K221-            
那 覇  ABCレンタカー空港店   17.00  17.30頃  518.1   レンタカー返却  送迎バスで移動
  那覇空港   17.40        夕食
  那覇空港発    20.00     
   ― ANA136便―           
東 京  羽田空港    22.10 22.40     
  豊田   0.30頃       
             


  〔安慶名城跡〕  14世紀頃に安慶名按司によって築かれたとされている安慶名城は、標高約50m弱の独立した小山の自然の地形を巧みに利用して築かれた沖縄唯一の輪郭式山城の跡(史跡)という。独立した岩山の頂上部を内郭(主郭と二の郭)とし、中腹部に外郭を築いてあって、山上の要塞のようになっているという。内郭と外郭の城壁は、断崖を巧みに利用して琉球石灰岩を高く積み上げた(野面積み)もので、内郭の城門も自然の岩の裂け目を巧みに利用・加工して造った石門という。その他、主郭の城壁の一部には狭間があったりして、沖縄でも珍しいグスクの一つだという。
  周辺は安慶名中央公園になっていて、年二回の全島闘牛大会などが開催される安慶名闘牛場もある。

 
安慶名中央公園に着いて少し高くなった所にある闘牛場を見た後、その先にあった、今まで見てきた他のグスクと違ってほとんど整備されておらず、山の自然の中に埋もれたようになっている城壁を見た。かなりしっかりした造りの山城の城壁がしばらく続いていた。その先にほとんど手入れのされていない細い山道がまだ延びているようだったが、公園や途中の道に案内板も標識等も何もなかったし、土地の人に聞いてみようにも公園には誰もいないしで、仕方なく、こんなものかなと思い、時間も気になっていたのでそこから引き返したのだった。

 が、後で調べてみると、こちらが見たのは中腹にある外郭城壁の一部だけだったようで、こちらが引き返した所の先、しばらく上った所にまだ肝心な内郭があったのだった。かな事を調べていなかったのは当方の失敗なのだが、
もう少し案内や道の整備をしておいてくれたらと残念に思った。

 
                  
                外郭城壁                   安慶名闘牛場

 
  〔勝連城跡〕 この城は沖縄本島の中部、与勝(勝連)半島の根元にあたる所の丘陵上に築かれている。それまで人々が生活地として利用してきた場所に、13世紀前後から自然の地形を巧みに利用しながら城塞としての体裁を整えてきたと考えられている。高く美しい石垣の城壁を巡らせたこの城は、北西の最高部から階段状に低くなっていく一から四までの曲輪と、再び高くなっている南東側の東の曲輪の五つの郭からなり、標高約100mの最高所にある一の曲輪(くるわ)からは、北に金武湾を囲む北部の山々など、南に中城湾をはさんで知念半島や久高島など、南北に素晴らしい景色を望む事ができる。

 勝連城は、海外貿易によって富を蓄え、繁栄した時代を築いたといわれ、また人々からの信頼が厚かったともいわれる勝連按司の阿麻和利(あまわり)が居城としていたことで有名だという。
 圧政を敷いていた9代目の茂知附(もちづき)按司を倒して勝連を繁栄に導き、勢力を拡大した阿麻和利は次第に全山制覇を目指すようになり、形成・安定しつつあった琉球王朝に抵抗していった。脅威を感じていた国王・尚泰久(しょうたいきゅう)が阿麻和利を牽制するために中城城に配置していた護佐丸を討ち(1458年)、首里城にまで攻め上ったが敗れ、逆に勝連城を首里軍に攻められて落城したという。

 駐車場から城跡入口に向かって上っていく坂道の先に青空をバックにして高くそびえる城壁は、圧倒されるような迫力がある。沖縄のグスクをいくつも見てきたが、この城が一番印象に残っている。

 
  〔波打つような城壁〕 ここまで世界遺産になっているグスク=城をいくつも見てきたが、それらに共通する特徴は、その城壁が本州各地にある城の直線を主体とした城壁と違って、曲線を主体とした、波打つような城壁だということだった。最初は、「琉球王国のグスクは日本の城とは違うんだ」くらいに思っただけだったが、いくつも見てゆくうちに、「何で曲線なんだ」という疑問に変わった。が、この疑問についての解答を得られるような機会もなく帰ってきて、そのままになってしまっていたのだった。

 ところが先日、旅行に関係するあるテレビ番組を見ているとその中でこの問題が取り上げられていた。そこで出演者の大学の先生の話に出てきたのは、「琉球王朝時代の人たちは直線で表現するのが好きではなかった」ということだった。さらには、首里城の正殿前の御庭(うなー)が正四角形でなかったり、正殿への通路が正面へ向かって直角ではなく斜めになっていることなどに見られるように、「シンメトリーになることを避ける」ような美意識があったということ、角には邪悪なものが集まるとして「角が嫌い」だったというような話だった。

 
        
     

 
 
  〔海中道路〕 浅い海に土手を築いて造られた、与勝半島の安慶名と平安座島を結ぶ全長4.75kmの道路。片側2車線の道路で両側に遠浅の海が広がっており、気持ちよく走る事ができる。道路沿いにはビーチがあり、海水浴や磯遊びなどができるようになっている。

 
  〔道の駅「あやはし館」 〕  海中道路中央部のロードパークにある、黒い船をかたどった建物の休憩施設。レストランや特産品販売店などがある。

 
           
 海中道路(左端 平安座島)            道の駅 あやはし館

 
  〔中村家住宅〕 「中村家住宅」発行パンフレットの説明を紹介します。

   約280年前の代表的な沖縄の農家  国指定重要文化財 中村家住宅

    中村家住宅は戦前の沖縄の住居建築の特色をすべて備えている建物です。沖縄本島内でこの
   ように屋敷構えがそっくり残っている例はきわめて珍しく、当時の上層農家の生活を知る上にも、
   貴重な遺構であるということで、昭和三一年に琉球政府から、昭和四七年に日本政府によって国
   の重要文化財に指定されました。

    中村家概要
    今から約五〇〇年前中村家の先祖賀氏(がうじ)は、忠臣かつ琉球王国きっての築城家としても
   その名をとどめていた護佐九(中城城主)が読谷(本島中部)より城を中城に移したとき、共にこの
   地にその師匠として移ってきたと伝えられています。その後、護佐丸が勝連城主の阿麻和利に滅
   ぼされてしまうと、中村家の先祖も離散の憂目にあいました。一七二〇年頃、ようやくその家運を
   盛り返し、この地方の地頭職(本土の庄屋にあたる役職)に任ぜられました。


    【住宅概要】
    現存する建物は18世紀中頃に建てられたと伝えられています。
    建築構造は、鎌倉・室町時代の日本建築の流れを伝えていますが、各部に特殊な手法が加えられ
    て、独特な住居建築になっています。
    この遺構は、士族屋敷の形式に農家の形式である高倉、納屋、畜舎等が付随して冲縄の住居建
    築の特色をすべて備え持っています。
    屋敷は、南向きの緩い傾斜地を切り開いて建てられており、東、南、西を琉球石灰岩の石垣で囲
    い、その内側に防風林の役目を果たしている福木を植え、台風に備えています。

     
中村家住宅は次のような構成(概要)になっている。
   
ウフヤ(母屋)      一番座(番間)、二番座(仏間)、三番座(居間)
   アシャギ(離れ座敷)  首里王府の役人などの宿泊所として使用。
   ヒンプン(顔隠し塀)  門の内外との仕切りで、外から直接母屋が見通せないようにした目隠し。
   高倉(籾倉)       壁、床とも板貼りであるのが特徴。
   メーヌヤー(家畜小屋兼納屋) 中二階の棟で、一階は腰石壁で畜舎、二階は黒糖製造用の
                      薪置場。
   トゥングワ(台所)    屋根裏部分を物置(主に薪や食料)として使用。
                 上座敷と台所の間にある十二畳の板間は、くつろぎの部屋で、農作物の
                 整理などに利用。
   フール(豚小屋)     アーチ型の三基連結の石囲いで、豚の飼育所。
   柱・瓦  柱は、琉球王府時代に首里(古都)の士族の家屋を移したと伝えられている。
         柱の材質はすべて、当時農民には使用を許されていなかったチャーギ(イヌマキ)、イーク
         (モッコク)が使われている。
         屋根は本瓦ぶき(明治中頃まで竹茅葺)、漆喰塗りで、屋根の上に魔除けのシーサー
         (獅子)をおいている。

 
   


 
  〔中城城跡〕  中城城跡」発行パンフレットの説明を紹介します。

            古琉球時代を今に伝える中城城跡

       中城城跡は、かつて、貿易が行われていた屋宜(やぎ)の港から2kmほど離れた標高約160
      mの丘陵上にあります。中城村の西北から北中城村の南側にのびていく丘陵の東崖線を天
      然の要害とし、300余もあるとされる沖縄のグスクの中で最も遺構がよく残つていることで知ら
      れています。石垣の上に立つと、西に東シナ海、東に中城湾(太平洋)を望み、勝連半島、知念
      半島、さらには周囲の洋上の島々まで見渡たせる眺望のすばらしいところです。
        
        城は、連郭式の山城で、六つの郭で構成されています。城壁は、主に琉球石灰岩の切石で
      積まれており、自然の岩石と地形的条件を生かした美しい曲線で構成されています。その築城
      技術の高さは、芸術的と言われ、歴史的に高い評価を受けています。

       中城城跡は、14世紀後半頃迄先中城按司(さちなかぐすくあじ)が数世代にわたり、西の郭、
      南の郭、-の郭、二の郭の主な部分を築き上げ、144O年に読谷の座喜味グ゙スクから移つて
      きた護佐丸によつて、北の郭、三の郭が増築され現在見られるデスクの形が完成したようで
      す。

       中城城跡は、1972年5月15日(日本復帰の日)に、国の史跡に指定されました。指定面積は
      110、473㎡(約33、400坪)で、その内14、473㎡(約4、300坪)が城郭の面積です。
      2000年12月2日には、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の1つとして世界遺産にも登録され
      ました。

        中城城跡には三種類の石積みがあります
        中城城跡を含め沖繩のグスクは本土より古い時代から石積技術が発達していました。その
        石積の種類は、大きく分けて野面積み、布積み(豆腐積み)、あいかた積み(亀甲乱れ積み)
        があります。
                  野面積み               (南の郭)
                  布積み(豆腐積み)         (一の郭城壁)
                  あいかた積み(亀甲乱れ積み)  (北の郭・物見台)

    ※ 古琉球
      三山時代から統一を経て薩摩侵略までの14世紀前後から17世紀初めまでの沖縄の歴史区
      分名、海外貿易が盛んに行われ、琉球王国が成立して、文化の華が開いた時代を言う。
        
       護佐丸
      中城按司護佐丸盛春。唐名毛国鼎(もうこくてい)。琉球が三山分立から統一へ向かった頃
      の武将、名築城家。座喜味城、中城城を築いた。『毛氏先祖由来記』によれば、勝連城主
      阿麻和利から中山を防御するため、中城の地を賜ったとされる。1458年、阿麻和利の攻略
      によって滅びた。

 
   


 
  〔浦添城跡・浦添ようどれ館〕
 浦添城跡 ガイドブックには「中山王朝の舜天・英祖・察度(さっと)の3王統が居城とした城の跡(史跡)。東シナ海と太平洋を望む標高130mの琉球石灰岩の丘陵上に築かれている。」(山と渓谷社 たびんぐいんing16)とあり、 その後に「1609年の薩摩侵攻によって建物が焼き払われ、沖縄戦で城壁も破壊され、外周の石垣がかろうじて昔をしのばせている。」とあったのだが、この後の記述を見逃してしまっていた。今は公園になっているということは知っていたのだが、他のグスクと同じように城壁などが少しは残っているものと思い込んでしまっていた。

 地図にもカーナビにも浦添城跡のはっきりした位置が出てこない。浦添大公園を目当てに探し、市街地をあちこちウロウロしてやっとのことでそれらしい所に着いたのだが、ただ普通の公園だけのようで城跡がどうなっているのか全然わからない。何だこれはと思いながら近くの家の人に聞いてみると、「城に関係するものはもう何もない」とのこと。苦労してやっと来たのにとガッカリ。
 あきらめて帰ろうすると、「浦添ようどれ館」の看板。「ようどれ」というのは何だと気になったが、疲れが先にたったのと、レンタカーを返す時間も迫っていたので、寄らずに最後に行く予定の「識名園」に向かって出発した。

 後で調べてみると、城跡はかなり整備されていて残っている城壁の一部などを見学できるようになっているようだ。「浦添ようどれ館」もいろいろ調べた結果、やっとのことでその地図上の位置がわかった。こちらがたどり着いたのは浦添大公園の南側の端で、公園中心部から1Km位離れた所だったのだ。残念ながらすぐ近くまで行ってはいたのだが、城跡入口を見つけられなかっただけなのだった。
                                           
 
   これも後でわかったことだが、「ようどれ」とは「夕凪」を、転じてまた「極楽」をも意味するといわれる琉球語で、「浦添ようどれ」というのは、浦添城跡北側の崖の中腹にある、琉球王朝の英祖王(13世紀)一族と尚寧王(16世紀)一族の横穴式の陵墓のことであった。「ようどれ館」(写真右)はその英祖王の墓室内部を実物大で再現した展示などのある資料館だった。
 
 
  〔識名園〕 識名園」発行パンフレットの説明を紹介します。

    識名園概要         
     識名園(俗にシチナヌウドゥンと呼ぷ)は琉球王家最大の別邸で、国王一家の保養やタト国使臣
    の接待などに利用されました。18世紀の終わりごろつくられ、1800年に尚温王
(しょうおん)冊封の
    ため訪れた正使趙文楷
(ちょうぶんかい)、副使李鼎元(りていげん)を招いています。

     王家の別邸は、17世紀の後半、首里の崎山村(現在の首里崎山町)に御茶屋御殿
(ウチャヤドゥン)
     
がつくられました。首里城の東に位置したので、茶屋御殿は「東苑」とも呼ばれ、識名園は首里
    城の東にあるので「南苑」とも呼ばれました。

     識名園の造園形式は、池のまわりを歩きながら景色の移り変わりを楽、しむことを目的とした
    「廻遊式庭園」になっています。「廻遊式庭園」は、近世に日本の諸大名が競ってつくるようにな
    った造園形式ですが、識名園の池に浮かぶ島には、中国風あずまやの六角堂や大小のアーチ
    橋が配され、池の周囲を琉球石灰岩で積みまわすなど、琉球独特の工夫が見られます。

     識名園は、かつて春は池の東の梅林に花が咲いてその香りが漂い、夏には中島や泉のほとり
    の藤、秋には池のほとりの桔梗(ききょう)が美しい花を咲かせ、「常夏」の沖縄にあって四季の
    移ろいも楽しめるよう、巧みな気配りがなされていました。

     指定面積は約41,997・(約12,726坪)で、そのうち御殿をはじめとするすべての建物の面積は、
    合計で643㎡(約195坪)となっています。 1941(昭和16)年に国の名勝に指定されましたが、去る
    大戦によって壊滅的な破壊を受けました。 1975(昭和50)年から整備が進められ、約20年の歳月
    と約8億円にも上る費用を費やして、ようやく今日のような姿を取り戻しました。1976(昭和51)年1
    月30日、再び国の名勝の指定を受け、2000(平成12)年3月30日には、特別名勝に指定され、さ
    らに同年12月2日、ユネスコの世界遺産に登録されました。

 
    



 
                       宿泊先一覧
 第1・2日  ホテル シティーコート   那覇市前島3-11-1  098-862-7733
      HOTEL CITY COURT  那覇中心街の北、泊港の近くにある、前室バルコニーつきの静かで落ち着いたシティーリゾートホテル。
 第3日  ホテル ルートイン名護  名護市東江5-11-3  0980-54-8511
     最上階に名護湾の見える「露天大浴場」がある。R52沿いで移動に便利。
 第4日  喜瀬ビーチパレス 沖縄県名護市字喜瀬115-2  0980-52-5151
     全室オーシャンビューのリゾートホテル。プライベートビーチ・プール等もある。 許田ICのすぐ南 のR52沿いにある。

     ☆ ホテルは旅行会社から指定された30のホテルの中から、当方がいろいろな条件を考えて選んだもの。
       1・2日目は2日間の行程を考えて連泊することにし、静かで落ち着いていそうなところを選んだ。
       3日目は風呂好きのため「大浴場」につられて「ルートイン名護」を選んだのだが、「喜瀬ビーチパレス」のオーシャン
       ビューが素晴らしかったので、3日目もここにすればよかったと思ったが後の祭り。ホテル選びはなかなか難しい。が、
       最初と最後がよかったので今回はまあ満足というところだった。

沖縄 観光・見学地一覧
地域 観光・見学地 検索場所(最寄の目標) 検索電話番号
那覇市 第1日  1月27日(火)
首  里 首里城公園 首里杜館 P すいむいかん 098-886-2020
   公園周辺散策(徒歩)
玉陵 たまうどぅん 098-885-2861
首里観音堂 098-884-0565
沖縄南部 第2日  1月28日(水)
西 側 旧海軍司令部壕 098-850-4055
白銀堂 糸満ロータリーの北0.5k東側
幸地腹門中墓 糸満ロータリーの東南0.2k
具志川城跡 最寄 喜屋武郵便局 098-997-2018
喜屋武岬 最寄 喜屋武郵便局 098-997-2018
南 側 琉球ガラス村 098-997-4784
ひめゆりの塔 ひめゆり平和祈念資料館 098-997-2100
魂魄之塔
平和祈念公園 平和祈念資料館 098-997-3844
沖縄ワールド 文化王国・玉泉洞 098-949-7421
東 側 糸数壕(アブチラガマ) 南部観光総合案内センター 098-852-6608
糸数城跡
知念城跡
斎場御嶽 せーふぁーうたき 緑の館・セーファ 098-949-1899
知念岬
沖縄中部 第3日  1月29日(木)
西 側 座喜味城跡 歴史民俗資料館 098-958-3141
むら咲むら 098-958-1111
残波岬 ロイヤルホテル 098-958-5000
真栄田岬
琉球村 098-965-1234
万座毛
海中展望塔〔部瀬名岬〕 0980-52-3379
本部半島 美ら海水族館 0980-48-3748
今帰仁城跡 0980-56-4400
沖縄北部 第4日  1月30日(金)
西側 芭蕉布会館 0980-44-3033
やんばる野生生物保護センター 0980-50-1025
茅打バンタ
金剛石林山公園 0980-41-8111
辺戸岬         P前食堂 辺戸岬パーラー金城 0980-41-8803
ヤンバルクイナ展望台
東側 奥共同店 0980-41-8101
奥ヤンバルの里 0980-50-4141
つつじエコパーク 0980-43-3300
沖縄かぐや姫 0980-43-2838
慶佐次湾のヒルギ林
沖縄中部 第5日  1月31日(土)
東側 安慶名中央公園・城跡
勝連城跡 勝連城跡休憩所 098-978-7373
海中道路・道の駅あやはし館 海の文化資料館 098-978-8830
中村家住宅 098-935-3500
中城城跡 098-935-5719
浦添城跡・浦添大公園
浦添グスクようどれ館 098-874-9345
那覇市 識名園 098-855-5936
 カーナビの目的地検索の役に立てばと電話番号をあげておきました。が、多くは2009年1月に調べたものです。現在は番号が変わっている事もありうることをご承知おきください。
 近くに具体的な目標物が何もないため説明しようのない所があります。地図やガイドブックその他で調べたり、見当をつけてそれらしい所まで行ってから地元の人に聞いてみたりしてください。


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