東北ドライブ旅行の記録

2005年 7月17日(日) ― 31日(金)

   前半ルート  後半ルート  
     
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           はじめに  
  前年、九州一周のドライブ旅行に行った後、今度は北の方に行ってみようかということになり、東北地方を一周することにしました。が、簡単に東北一周といっても、かなりの広範囲を移動しなければなりません。何度かに分けて回ることも考えましたが、そう何度も行けそうもありませんので、この際一気に全部回ってしまうことにしました。小生は普通の旅行や車で東北には何度か行っていて、主要な観光地はほとんど回ってしまっていたのですが、栃木県より北に行ったことがないという連れ合いのために、主要な観光地を一通り見て回るコースに小生が行ってみたい所をプラスするということにした結果、以下に記したようなルートになりました。

  東北地方は観光地が内陸部と沿岸部にあるため、コースを組み立てにくく、両者をどうつないで回るか、ルートをどうとるか頭を抱えてしまった所もありました。そのため、一度内陸部を北上しながら何箇所か見て回ってから太平洋岸に出て、今度は南下しながら見物した後に再度北上するというようなコースをとらざるを得なかった所もありました。また、東へ西へ、内陸部と沿岸部を行ったり来たりという具合にせざるを得なかった所もありました。が、できるだけ多くの所を見て回ろうとした結果なので仕方がありません。こんな回り方をすることでやっとのこと、行ってみようと思っていた所をほぼ全部に近く回ることができたのです。あまり人にお勧めできるコースではないような気もしますが、こういう回り方もありますということで、部分的にでもコース立案の際などに参考になるところがあれば幸いです。

 なお、この旅行の記録は自分の心覚えのためにとったもので、当初から公開するつもりでとったものではないため、それほど厳密なものではありません。疲れて時刻・距離などのデータを記録するのを忘れてしまった所や、データを録音していたテープレコーダーの故障・操作ミスで消えてしまった所などもあったため、そういう所は前後のデータなどから推定して記入してあります(※印の箇所)。そうした点にご留意のうえ、おおよその目安としてみてくださるようお願いいたします。
                                          2008.09 山寺行好 
 
    行程表について
○R118=国道118号線   K329=地方道(都道府県道) 329号線   ※印=推定時刻・距離
○移動時間の中には場所・時間などを記してありませんが、移動途中の休憩・食事などの時間も含まれています。
○道を間違えたための迷走、カーナビの誤誘導・遠回り誘導などによって生じたそれほど大きくはない時間のロスはそのままにしてあります。

   


-  前半行程  第1日目~第7日目 -  

  
〔第1日〕 7月17日( 日 )

地域・場所 ルート・観光・見学箇所等 着時刻 発時刻(通過) メーター 説 明 ・ 案 内 等
東 京  自宅   7.10  0.0  
   国立IC…中央道・首都高…   7.20    
   川口JCT…東北道…   8.05    (休憩・食事等) 蓮田SA・那須高原SA
福島県  須賀川IC…R118…   11.08  271.2  
羽鳥湖  羽鳥湖…R118…R121 11.40 11.46  298.2 潅漑・発電用として鶴沼川をせき止めて造られた人工湖。土堰堤造りの湖では日本一と言われ、約15年の歳月をかけて昭和31年に完成。
   湯野上…K329…   12.13  321.6 329大渋滞大内宿Pの空き待ち1時間半。
大 内  大内宿…K329… 13.55 15.15  326.7 会津西街道( 会津若松―日光今市 )の宿場として江戸時代に栄えた所。地元では「江戸時代へ翔〔かけ〕る道」と称している。茅葺きの民家四十軒近くが街道の両側に妻( 端 )を向き合わせ、街道に対して直角に整然と並んでいる。街道を塞がぬよう、家と家との間に雪下ろしをする関係でこうした建物の配置になったと聞いたことがある。他の宿場ではあまり見られない北国宿場特有の光景。重要伝統的建造物群保存地区 。
   湯野上R121…   15.25    
下郷町  塔のへつりR121… 15.33 16.12  336.8 大川の両岸の岩が奇岩怪石となってそそり立っている所。
湯野上温泉  民宿ひらのや(泊) 16.20    342.2   [ 1日走行距離 342.2 ㎞ ]

   [大内宿] R121の湯野上温泉少し手前の所から右折、K329に入って大内宿へ向かったのだが、しばらくすると渋滞。工事中の看板が何箇所か立っていたので工事渋滞かと思って待っていたが、少しずつしか動かない。何かヘンだと思い始めて三十分程してからやっと「ひょっとして大内宿の駐車場の空き待ち?」と気がついた。17・18日(海の日)と連休であることは承知していたのだが、こんなに混雑することなど全く考えていなかったのだ。判断が甘かったとしか言いようがない。列を抜けてUターンするのも二車線ギリギリの山路なので面倒。あきらめてそのまま行くことにしてから更に1時間。結局たった5キロ弱の所を1時間半。途中トイレに行きたくなったりしてしんどい思いをしたがやっと到着。が、案の定、宿場の街道には観光客があふれていて思うように歩けないほど。初っぱなからの大失敗であった。しばらくするとだいぶ人は減ったが、あまり人のいない静かな時にゆっくり歩いてみたい宿場であった。

 
     
  羽鳥湖   大内宿   大内宿
     
 大内宿 塔のへつり 塔のへつり 
   〔塔のへつり〕  
「へつり」
とは「絶壁や川岸などの険阻な道など」〔広辞苑〕のことだという。 大川に面し凝灰岩質の断崖が風や水に侵食されて巨大な石塔のようになっており、さらにその下部が水平に侵食されて「へつり」になっている珍しい所。 吊り橋を渡って対岸に行くと「へつり」を歩くことができる。

〔湯野上温泉〕 特に旅館街などはなく、国道121号線と大川に挟まれた一般民家の建ち並ぶ地域に旅館・民宿やホテルが点在する静かな温泉地。案内には「湯の神 (ゆのかみ) の郷」とある。大川の河原に無料共同露天風呂があるというので夕食後しばらくしてから行ってみたが、河原は真っ暗で何も見えない。それでも降りていってみたのだが、それらしきものは見当たらず、懐中電灯など持たずにいったため、足元も危ないので残念ながら断念。後で聞くとこちらが引き返した所からもう少し先にあったらしい。日本で唯一の萱葺き屋根の駅といわれる「湯野上温泉駅」の駅舎も修復工事中でシートに覆われていて見ることはできなかった。宿は予約しないのを原則にしているのだが、初日は心理的な負担を軽くするために宿を予約していくことがある。このときも数日前にネットで見つけた、家庭的な感じで手頃な値段の「―露天風呂・檜風呂の宿―民宿ひらのや」に予約して出かけた。


〔第2日〕 7月18日( 月 )    

地域・場所  ルート・観光・見学箇所等 着時刻 発時刻  メーター 説 明 ・ 案 内 等 
湯野上温泉  ひらのや…R128…R121…   8.13 342.2  
会津若松  会津酒造歴史館P  8.45   368.4 宮泉醸造が現在使用中の醸造蔵を資料展示館として開放しているもの 
   鶴ヶ城 (若松城)       芦名直盛が築き、伊達政宗、蒲生氏郷らが入城した城。幕末の戊辰戦争で落城後、建物はすべて取り壊されたが昭和40年に天守閣などが再建された。堂々とした風格のある城。
   会津酒造歴史館P    9.30 368.4  
飯森山下  飯森山下観光駐車場  9.45   372.8  
   さざえ堂       高さ16Mの木造観音堂。螺旋回廊を入口から上っていくと頂上部で下り回廊につながり、出口に導かれるという珍しい建物。国重文。
   白虎隊士墓・白虎隊記念館       戊辰戦争時に自刃した少年達、白虎隊士19名の霊を祀る。
   飯森山下観光駐車場    10.30 372.8   
    …※…強清水…R49…        滝沢本陣前を東へ行き、強清水へ向かう近道(滝沢旧道)。
猪苗代  猪苗代湖        
   野口英世記念館…R49…  11.05 11.15 382.4 猪苗代湖を見るために行き、休憩。
   磐梯高原IC…磐越道…        
   会津若松IC…R121    11.42    
喜多方  甲斐本家蔵座敷  12.15  12.35 439.1 酒造や味噌・醤油の醸造などで財をなした甲斐家の豪華な蔵座敷。 
   安勝寺  12.37 12.39 439.9 喜多方ならではの、本堂が土蔵造りという珍しい寺。
   蔵の里  12.42  13.25 441.0 各種の蔵と屋敷が十棟ほど建ち、蔵に関する知識・情報を提供する。
   喜多方駅P  13.35   444.7  
   ラーメン丸見食堂       駅から北へ200m情報誌に紹介されていた店のうちの一軒。
   喜多方駅P…※…R459…   14.30 444.7  ※R459への入り方がわからず、迷走15分位。
裏磐梯  道の駅「裏磐梯」  15.35 16,10 484.4  休憩・買い物
   檜原湖…(五色沼)…        
   剣ヶ峰…磐梯吾妻レークライン        
   小野川湖秋元湖…高森…      
   土湯峠…磐梯吾妻スカイライン   16.57    
浄土平  浄土平…磐梯吾妻スカイライン…  17.17 17.22 538.3 一切経山や大きな噴火口を持つ吾妻小富士の眺望がきく所。
福 島  福島シルクホテル(泊)
 18.30   576.2  [ 234.0 ㎞ ]

 

〔会津若松〕 城の駐車場はどこにあるのかわかりにくい所が多い。P探しに時間を取られたくなかったので、城に近いことがわかっている会津酒造歴史館Pに見学後そのまま車を置いて鶴ヶ城を見に行った。築造当時のままであったらもっと風格のある城であったろうと惜しまれる城であった。さざえ堂はこんな建物の造り方もあったのかとびっくりするほど珍しいものであった。会津武家屋敷、旧滝沢本陣などもあったが、後の行程を考え、寄らずに猪苗代湖に向かった。

 
     
 鶴ヶ城  (若松城)   さざえ堂   喜多方 甲斐本家蔵座敷
     
〔喜多方〕 甲斐本家蔵座敷へ行く通り沿いに蔵造りなどの古い店・家などが色々あった。一つ一つゆっくり見られないのが残念だった。
 写真左は「蔵の里」、右は「浄土平」。

〔浄土平〕 五色沼は以前に行ったことがあるのでカットし、いくつかの湖を右に左にと見ながらレークラインを走って、スカイラインへと進む。途中、天気が良ければ眺めがよいのだろうが、あいにくどんよりと曇って今にも雨が降り出しそうな空模様で眺望はきかない。浄土平では思うように歩けないほどの強風。広い駐車場に車は数台。東小富士は雲の中、一切経山は見えない。残念ながら早々に福島へ向かう。  
 


〔第3日〕 7月19日( 火 ) 

地域・場所  ルート・観光・見学箇所等 着時刻 発時刻  メーター 説 明 ・ 案 内 等
 福  島  福島シルクホテル…R13 …    7.05  576.2  
   福島飯坂IC……東北道 …    7.18  583.9  
   村田JCT…山形道 …    8.30    
 山  形  山形北IC…K19・K62 …    8.58    
 山  寺  山寺(立石寺)  9.18  11.45  687.4 松尾芭蕉の「閑さや岩に…」の句で有名な寺。全山が境内の宝珠山の麓から中腹にかけて蝉塚・仁王門等の見所が点在する。奥の院まで杉木立を縫って千百余段の石段を上ることになるが、下山ルートの途中にある張り出した岩の上に建つ五大堂などからの山里の眺めは絶好。蝉塚の脇にある売店で売っている「力こんにゃく」もおいしい。
   芭蕉記念館…K62…  11.47 12.13  689.5 奥の細道」関係資料を多数展示している。山寺全体の様子を眺められる絶好の場所。
   原町…R13 …        
   村山・楯岡十字路…K29K188…      737.6 近道と思ってこのルートをとったが、K29は一車線の所が多く、山越えの思ったよりきついルートだった。
 銀山温泉  銀山温泉駐車場…歩 …  14.50 14.57  739.2  荷物整理
   源泉館…歩 …  15.00 15.30    休憩
   しろがね(白銀)公園…歩 …       川を挟んで立ち並ぶ旅館街の奥に抜けると正面に白銀の滝がある。滝を回り込んでその上に出ると静かな自然そのままの白銀公園になっている。昔の銀坑洞の跡などもあり、坑内を見学することもできる。
 銀山温泉  源泉館(泊)  16.30      [ 163.0 ㎞ ]





〔 山寺 (宝珠山 立石寺)〕 
通称 「やまでら」。正式名称は 「ほうしゅざん りっしゃくじ」。
 松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の途中、立石寺を訪れたのは元禄二年(1689)五月末(現在の七月半ば頃)のことである。 「奥の細道」にはそのいきさつが次のように記されている。

  「 山形領に立石寺という山寺あり。慈覚大師の開基にて、殊に清閑の地なり。一見すべきよし人々のすす むるに依って、尾花沢よりとって返しその間七里ばかりなり。日いまだ暮れず。麓の坊に宿借り置きて、山上の堂にのぼる。岩に巌を重ねて山とし、松柏年ふり、土石老いて苔滑らかに、岩上の院々扉を閉ぢて、物の音きこえず。岸をめぐり岩を這うて仏閣を拝し、佳景寂莫(かけいじゃくまく)として心すみゆくのみおぼゆ。  
                  閑さや岩にしみ入る蝉の声    芭蕉  」 
 

 
  山寺全景 中段左に五大堂・開山堂・納経堂  中央岩上 納経堂  右 開山堂  五大堂からの眺め

〔銀山温泉〕 銀山温泉は、江戸初期に銀鉱山で働く坑夫たちが川中に湧く温泉を発見し、そこで疲れを癒したことに始まって、75年ほどして鉱山が閉山されてからは山間の湯治場としての利用が盛んになったという。湯煙の立つ銀山川を挟んだ両側に、それぞれ細部に凝った意匠を施した、昔懐かしい木造三層、四層の宿が立ち並んでいる。夜にはガス燈風の明かりが灯ったりして、大正浪漫の風情あふれる温泉として近年人気のある温泉。旅館街の雰囲気はもちろんだが、白銀公園にある白銀の滝、洗心峡、長蛇渓谷などのゆったりとした自然の姿も見逃せない。       (右写真上下 白銀公園内の渓流)

 ☆ 銀山温泉は半年から一年以上前でないと予約が取れないと言われている所。以前春先にここに来たことがあったのだが、この旅館街には泊まる事ができなかったため、何とか一度ここの旅館に泊まってみたいと思っていた。が、だいたいのコースの目途がついたのが、二週間くらい前。いつ銀山に行けるのかも明確ではない。絶対だめだと思ったが、あきらめきれず、駄目でもともととネットで調べたところ、源泉館が幸いこの19日なら空きがあるという。コースは後で何とかなると喜んで予約したのだが、銀山での宿泊を最優先したため、コースは、山寺-銀山-松島-仙台-平泉とループ状に一回りすることになってしまった。が、ここに泊まることで待望の銀山温泉の雰囲気をゆっくりと味わうことができ、その後の変なコースもまったく苦にならなかった。

  ☆ 以前春先にここに来たことがあると記したが、そのときは残雪が結構あり、白銀の滝周辺はすつぽりと雪に覆われていて滝の上の公園に行くことなどはできなかった。上に公園があるということなど想像することさえできなかった。が、あちこちに雪の残る銀山温泉の風景もそれはそれでいいものだと思ったことを覚えている。

  
 
 
銀山温泉 能登屋・藤屋旅館付近  銀山温泉 源泉館付近 白銀の滝

〔第4日〕 7月20日( 水 ) 

地域・場所  ルート・観光・見学箇所等 着時刻 発時刻  メーター  説 明 ・ 案 内 等
 銀山温泉  源泉館…K188・K29…   8.45  739.2  
   鶴巻田…R347…   8.53    
   古川IC…東北道 …   10.30    
   大和IC……K9・R45…   10.42     
 松  島  松島駐車場 11.10    836.5  
   瑞巌寺       国宝・重文の建物をいくつも含む現在の大伽藍は、江戸初期に六十二万石の仙台藩主になった伊達政宗が名工130人を集め、豪華な桃山様式の建築・美術の粋を極めて、五年がかりで完成させたものといわれている。
   円通院       伊達政宗の孫・光宗の菩提寺。回遊式庭園・石庭等がある。
    どんじき茶屋 (円通院斜め前)       350年前に建てられた茅葺き屋根の茶屋。ずんだ団子が美味しい。
   五大堂 (松島のシンボル)       政宗が築造した重文の宝形造りの堂。五大明王像を安置する。
   松島巡り観光船        所要時間50分
   松島駐車場…R45…   14.07   836.5  
   塩釜・多賀城…R45…        
 仙  台  仙台城跡青葉山公園 15.30 15.57  870.2 伊達家の13代270年にわたる居城。現在は石垣と再建隅櫓のみ。
 仙  台  勾当台会館(泊) 16.20   874.7   [ 135.5 ㎞ ]






 〔 松 島 〕 丹後の天橋立・安芸の宮島と並んで日本三景の一つと言われ、波の静かな松島湾に260余りの大小さまざまの島が浮かぶ、箱庭的な風光の景勝地と言われているが、特別な所に行かないと全体を俯瞰することができないせいか、松島海岸に立っただけでは正直言ってあまりぴんとこない。部分的なものではあるが、五大堂が建っている小さな島の周辺の景色などはなかなかよい。が、遊覧船に乗って島巡りをしてみると、全体としての松嶋のよさがわかってくる。遊覧船で次々と現れるさまざまな姿・形の島々の間をめぐるのは気持ちよく楽しいし、たくさんのカモメがえさを求めて船の周りを飛び回り、差し出した手からさっとえさを取っていったりするのは面白く、つい年甲斐もなく夢中になってしまう。

 ☆松尾芭蕉は塩竃を出て、
「日既に午(うま=正午)にちかし」と、途中から船をやとって松島に渡った。松島について「奥の細道」に次の様に記している。
 
 「ことふりにたれど(=言い古されたことだけれども)、松嶋は扶桑(=日本)第一の好風にして、およそ、(中国の)洞庭・西湖に恥ず。」 

 
そして、島々の様子や島に生える松の様子などを述べた後に続ける。
   「其気色(そのけしき)、窅然 (ようぜん) として美人の顔(かんばせ) を粧(よそほ) ふ。」

  
その様子は深みのある美しさで美人の顔を思わせるというのである。
 芭蕉のこれらの感慨は船で島々を見ながら松島に入ったからこそのものではなかったろうか。ずっと陸路をたどって松島に入っていたら、その感慨はだいぶ違ったものになっていたのではないかと思う。


〔 仙台城跡 (青葉城跡)〕 すぐ下に広瀬川が流れる青葉山公園にある本丸跡には市街を見下ろすように伊達政宗の甲冑姿の騎馬像が建っている。城壁の石組みなどに往時の面影をしのぶしかない城跡の一角には、仙台ゆかりの土井晩翠の「荒城の月」碑(晩翠作歌・滝廉太郎作曲)などもある。
        
「…むかしのひかりいまいづこ」




 島巡り 鐘島
 
仙台城跡
 松島 五大堂  松島 島巡り遊覧船  仙台城跡 伊達政宗騎馬像


〔第5日〕 7月21日( 木 )

 地域・場所  ルート・観光・見学箇所等 着時刻 発時刻  メーター 説 明 ・ 案 内 等
 仙  台  勾当台会館 …   8.20  874.7   
  仙台宮城IC…東北道 …   8.45    鶴の巣SA
  平泉前沢IC…R4…   10.08     
 平  泉  中尊寺 10.15 11.37  988.1 金色堂の螺鈿( らでん)細工・蒔絵(まきえ)の粋を施し、荘厳(しょうごん)の限りが尽くされた須弥壇(しゅみだん)の中には奥州藤原氏三代の清衡・基衡・秀衡の遺体(ミイラ)と四代泰衡の首級が納められている。
   毛越寺 11.45    990.5 かつては中尊寺をしのぐ華麗さを誇ったとされるが、当時の建物は一つも残っていない。大泉が池を中心とし、借景の山と芝生に包まれた、広々とした浄土式庭園と、池を挟んで残る堂塔の礎石や遺構が往時の隆盛を偲ばせてくれる。
  毛越寺お休み処…R4…   12.50   何種類かのお餅がセットになったお餅定食が美味しかった。
   平泉前沢IC…東北道 …   12.55     
   北上江釣子IC…R107・283…        
 遠  野  とおの昔話村 14.25    1085.8 柳翁宿( 柳田国男・折口信夫らが滞在した旧高善旅館を移築したもの)旧柳田国男隠居所、柳田国男像、物語蔵(昔話を映像やイラストで見ることができる)、遠野昔話資料館、遠野物産館(語り部の昔話が聞ける)などがある。
   伝承園      1091.1 佐々木喜善記念館、国重文の南部曲り家(旧菊池家)、土蔵造りの御蚕神(おしら)堂などがあり、遠野の風土や昔からの文化・生活様式などを伝えている。
   常堅寺・カッパ淵   15.55  1091.4 頭の上がお皿になっている、珍しいカッパ狛犬がある古刹。裏手にいたずら好きの河童が住んでいたという伝説のあるカッパ淵がある。
    …R340・106…        
 宮  古  宮古…R45 …      1161.3 宮古市街ダイソーにて買い物
 宮  古  休暇村陸中宮古(泊) 17.40     1172.8 〔 176.9㎞〕

 

〔平 泉〕 平安末期、都を遠く離れたこの地に仏国土の建設を目指し、平泉黄金文化を花開かせていた藤原氏一族が、庇護していた源義経主従とともに源頼朝の軍によって滅ぼされ、およそ百年にわたったその繁栄がはかなくついえ去った地である。この地を訪れた芭蕉は「奥の細道」に次のように記している。

 「三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり。秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。先、高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河也。……さても義臣すぐって此城にこもり、功名一時の叢(くさむら)となる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷て、時のうつるまで泪(なみだ)を落し侍(はべ)りぬ
                      夏草や兵(つはもの)どもが夢の跡      」        

〔中尊寺〕 ガイドブック等の写真に金色堂として写っているのは、実は本当の金色堂全体を完全にすっぽりと覆っているコンクリート造りの鞘堂(さやどう・覆い堂)である。鞘堂は鎌倉時代から造られているのだが、芭蕉は

 
「七宝散りうせて、珠の扉風にやぶれ、金の柱霜雪に朽ちて、既に頽廃空虚の叢(くさむら)と成るべきを、四面新に囲みて、甍(いらか)を覆うて風雨を凌(しのく゛)。」 

と書き、その後に
 「 五月雨(さみだれ)の降りのこしてや光堂 」 の句を詠んでいる(「奥の細道」)。

〔毛越寺〕 山と芝生の緑に包まれ、広々とした静かな庭園はゆったりとした気持ちにさせてくれる。境内に残っている、金堂円隆寺をはじめ、講堂・常行堂・南大門・経楼等の基壇・礎石などは、平安時代の伽藍様式を知る上で貴重な遺構である。それら堂塔の前庭にある大泉が池の周辺部には州浜、荒磯風の水分け、立石のある飛び島、出島、遣水の石組、築山などがあり、四囲の借景とあいまって変わらぬ美しさを見せている。この優美な浄土庭園は平安時代の作庭様式を残す日本最古の庭園として知られている。


中尊寺参道より北上川を望む   中尊寺 金色堂  毛越寺庭園


〔遠 野〕 民俗学者・柳田国男の著書「遠野物語」などによって「民話と伝説の里」として広く知られた所。「遠野物語」は柳田国男が明治43(1910)年に刊行したもので、遠野出身の佐々木喜善(民話の蒐集・研究家)が語った地元の民話・伝説・昔話などを柳田が記録・編纂したもの。オシラサマ、ザシキワラシなどの神や精霊と人間との交渉の話、狐・猿や河童などと里人との交渉の話、山男・山の神の話などさまざまな内容の話がある。   (右写真上 常堅寺カッパ狛犬) 

○ オシラサマ=主に旧家に祭られている屋内の神様で、一般には養蚕神(家の神・守護神などとも)とされている。約一尺の一対の桑の木の棒に男・女・家畜などを描いた頭をつけ、布片を幾重にも着せたものを祭る。(右写真下)

○ ザシキワラシ=「広辞苑」には、「東北地方の旧家に住むと信じられている家神。小児の形をして顔が赤く、髪を垂れているという。枕返しなどのいたずらもするが、居なくなるとその家が衰えるという。」とあるが、一般的には、東北地方にみられる民間伝承で、座敷わらしは妖怪(精霊とも)の一種であり、5、6歳くらいの小童(童子のことも童女のこともある)の姿をして出没するといわれる。豪家や旧家の奥座敷におり、その存在が家の趨勢に関係すると言われ、座敷わらしのいるあいだは福運に恵まれ、退散と同時に家運が傾くと信じられているため、これを手厚く取り扱い、毎日膳を供える家もあるという。「遠野物語」に次のような話がある。

 
 第17話 「旧家にはザシキワラシといふ神の住みたまふ家少なからず。この神は多くは十二、三ばかりの童児なり。をりをり人に姿を見することあり。 ……今淵勘十郎といふ人の家にては……これはまさしく男の児なりき。……佐々木氏にては、母人ひとり縫物をしてをりしに、次の間にて紙のがさがさといふ音あり。この室は家の主人の部屋にて、……不在の折なれば、怪しと思ひて板戸を開き見るに何の影もなし。……またしきりに鼻を鳴らす音あり。さては座敷ワラシなりけりと思へり。この家にも座敷ワラシ住めりといふこと、久しき以前よりの沙汰なりき。この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり。」

  
第18話 「ザシキワラシまた女の児なることあり。……孫左衛門といふ家には童女の神二人いませりと……言ひ伝へたりしが……ある年……橋のほとりにて見馴れざる二人のよき娘に逢へり。物思はしき様子にてこちらへ来る。お前たちはどこから来たと問へば、……孫左衛門が処から来たと答ふ。……どこへ行くのか問へば、……何某が家にと答ふ。……さては孫左衛門が世も末だなと思いしが、それより久しからずして、この家の主従二十幾人茸の毒にあたりて一日のうちに死に絶え、……女の子一人を残せしが、その女も……近き頃病みて失せたり。 」 
  
 


常堅寺カッパ狛犬


オシラサマ
 とおの昔話村  伝承園 御蚕神堂のオシラサマ  常堅寺裏のカッパ淵

〔第6日〕 7月22日( 金 )

地域・場所 ルート・観光・見学箇所等 着時刻 発時刻 メーター  説 明 ・ 案 内 等
 宮  古  休暇村陸中宮古…R45・K248…   8.08  1172.8  
 浄土ヶ浜  浄土ヶ浜…K248・R45…  8.23 9.15   1182.0 白い玉砂利の浜と青い入り江の向こうに、松の緑を載せた白い岩塊が鋸の歯のように一列に並んで小さな半島を形造っている美しい景観は陸中随一と言われている。 
   小本…R45・K44…        
 北山崎  島越港 10.12     1231.1  陸中海岸北部。浄土ヶ浜の北50K程の所。
    北山崎めぐり観光船        「海のアルプス」と呼ばれ、200m級の断崖絶壁が8kにわたってそそり立つ北山崎を船で海から展望する。所要50分。
   島越港…K44・R455…   12.05     
   岩泉…K7…        
 龍泉洞  龍泉洞…K7…岩泉…R455… 12.39 14.40   1258.2 日本三大鍾乳洞(秋芳洞・龍河洞)の一つ。さまざまな形の鍾乳石や世界でも有数の透明度を誇る、美しい色の水をたたえた地底湖などがある。
   早坂高原・岩洞湖…R455…        
 盛  岡  いわて共済ビル(泊) 16.45    1349.7  〔176.9km〕

 

〔休暇村陸中宮古〕 宮古周辺にはこちらにとって手ごろな旅館等が少なかったので、前日の夜に電話して宿を確保することにした。電話して料金を聞くとこちらが調べていた料金より高かつたのでそのことをいうと、それはシーズンオフの料金で、21日はもう夏休み料金だという。こちらのがっかりした様子が伝わったのか、「それでは」と言ってサービスしてくれた。バイキング形式の食事も思ったより食材が豊富で大変よく、大当たりであった。

〔浄土が浜〕 あいにくの小雨が降ったりやんだりの天候。小生は三度目だったのだが雨に降られたのは初めて。晴天で日が射していれば、浜の小石と小さな半島の岩が真っ白に輝き、入り江の紺碧と松の緑との対比が大変に美しいのだが、残念。が、人影のないしっとりとした静かな浜の姿もなんとも言えずよかった。

〔北山崎〕 浄土ヶ浜を出る時には時間がぎりぎりだとわかっていたので少々焦り気味で走っていたが、もう少しで観光船が出る島越港というところでカーナビの誘導に従って国道から港に下りるK44らしき道に入った。船が出る時間が迫ってきたが、道は対向車とすれ違うのも厳しい山道になる。道を間違えたのかとも思ったが引き返す時間もない。飛ばしたくても慎重に行かないと崖下に転落しそうな道。やっとのことで港にたどり着くと観光船は岸壁を離れて100mほどのところをゆっくりと動いていた。1時間後の便に乗るしかなかった。とりあえず乗船券をと切符売り場に行って港までの道のことを聞くと「ああそれは旧道だろ」とのこと。もう少し北に別のちゃんとした道があるという。そして一言、「電話してくれれば待ってあげたのに」。これまた残念。北山崎の断崖が続く迫力満点の景観とえさを求めてどこまでも船の後を追ってくるウミネコたちの歓迎がなんとなくブルーな気分を晴らしてくれた。あいにく雨が降ったりやんだりの天候。雲が低く垂れ込め、絶壁の上部は雲の中。まるで水墨画の世界の中にいるようであった。

〔龍泉洞〕 総延長は2.5kにも及ぶという洞内には湧水が豊富で、透き通った地下水が淵や瀬をなして流れている。水深98mといわれる第三地底湖のどこまでも澄んだ、ブルーとグリーンの混じったような色の水のすばらしさは忘れられない。ところであの水の色はなんと言ったらよいのだろうか。龍泉洞の案内書には「ドラゴンブルー」、あるガイドブックには「エメラルドグリーン」と書いてあったけれども。

 

 浄土ヶ浜  浄土ヶ浜  北山崎
 北山崎  北山崎  龍泉洞  第三地底湖

〔第7日〕 7月23日( 土 )

 地域・場所  ルート・観光・見学箇所等  着時刻  発時刻  メーター  説 明 ・案 内 等
 盛  岡  いわて共済ビル…R46K219 …   8.00  1349.7   
   小岩井農場…K219R46 … 8.22  8.35  1368.5  開場は9時。広大な農場の様子を眺め、休憩しただけで出発。
   生保内…R341…小先達
  …
K194
       
 乳頭温泉郷  鶴の湯温泉…K194 … 9.55  10.50  1429.2  昔からの湯治場そのままのひなびた姿を残す温泉。 
 小先達…K60 …        
 田沢湖  潟尻・たつこ姫像…K60 … 11.25  11.40  1454.8  水深日本一の湖。金色の辰子姫の像は田沢湖のシンボル。
   潟野…K105…        
 角  館  プラザホテル 12.10 12.30  1476.9 ホテル駐車場に車を置き、以後、貸自転車を使用して回った。
 さくら亭        昼食 (佐藤養悦本舗の稲庭干饂飩〔イナニワ ホシウドン〕)
角 館
 武家屋敷街
  小田野家・河原田家・
 武家屋敷資料館・岩橋家
 青柳家・石黒家
松本家
      「 みちのくの小京都」と言われる角館の中心になるところ。江戸初期の街路がそのまま残っていて、屋敷の深い木立と重厚な屋敷構えがその歴史を感じさせてくれる。
   桧木内川堤       ひのきないがわつつみ。約2Kにわたって桜並木が続く。
   常光院…安藤醸造元…西宮家       常光院は芦名氏の後をうけた佐竹氏の菩提寺。安藤家は創業150年余の味噌・醤油の醸造元で明治中期のレンガ造りの倉座敷がある。 西宮家には明治・大正期の母屋と五つの蔵がある。
   田町武家屋敷通…角館駅       通りの両側に武家屋敷や古い商家、蔵造りの店などが並ぶ。
   天寧寺       城下町角館の基礎をつくった芦名氏の菩提寺。
 角  館  プラザホテル(泊) 17.00     1476.9    〔127.2km〕

 

〔鶴の湯温泉〕 乳頭温泉郷では最も古い温泉宿。角材と幅広の板でできた簡素な門をくぐると左手に本陣と呼ばれる建物がある。藩主が入湯する際に警備の武士が詰めていたと言う茅葺きの長屋で、三百五十年前のたたずまいをそのまま保存していると言う。その奥に泉質の異なる、白湯、黒湯、中の湯、滝の湯と呼ばれる四つの源泉がある。手前のへりに、柴垣の囲いに檜皮を乗せた簡単な屋根のついた脱衣場があるだけの、石垣に抱かれた池のような、乳白色の湯に満たされた露天風呂、「白湯」に入った。ひなびた温泉そのものであった。 

〔田沢湖〕 深い山並みに囲まれて円形に広がる田沢湖は、湖岸線の変化には乏しいが、最大深度が423m余で日本一、透明度も摩周湖に次いで第二位という。湖の西岸、潟尻の湖中に立つ、田沢湖のシンボルになっているたつこ姫像は、薄衣をまとった金色の乙女像で、辰子姫伝説をもとに造られたもの。

 
 辰子姫伝説 辰子と言う美しい娘が、その美しさと若さを永遠に保ちたいと願ってお百度参りをし、その満願の夜にあった「北に湧く泉の水を飲み干すように」と言うお告げに従ったところ、辰子は龍に変身、泉は湖になったという。龍になった辰子は湖底深くに沈んでいったが、やがて八郎潟の主、八郎太郎と結ばれる。毎冬八郎太郎がやって来て一冬をここで辰子とともに過ごすので、冬でも田沢湖は凍らないのだという。(名前等に諸説あり)

〔角館・武家屋敷街〕 重要伝統的建造物群保存地区。広い通りの両側に屋敷の枝垂桜や松などの深い木立、柿渋と油煙を塗りこめた黒板塀がずっと続く。現代の時間と空間から遠く離れた世界に迷い込んだような気持ちになる所。久しぶりの自転車に乗っての見学。落ち着いた通りの雰囲気やいくつもの武家屋敷の重厚なたたずまいもあり、大変に気分がよかった。武家屋敷もどれも豪勢な造りのものではなく、どちらかと言えば質素な感じの中に落ち着いた品格を感じさせるものであった。

 角館歴史村・青柳家 角館を代表する武家屋敷として知られている。どっしりとした薬医門、寄棟茅葺屋根の母屋、正玄関、脇玄関、米蔵、文書蔵、出格子窓のついた塀など、往時の武家屋敷の姿を今に伝えていると言う。広大な敷地の中には、蔵などを利用した、幕末写真館、武家道具館、ハイカラ館などの小さな資料館がある。

 石黒家 薬医門・主屋ともに角館に現存する武家住宅では最古のものと言う。

 松本家 大きな屋敷のある通りから一本西の通りにある。この辺は下級武士が住んでいた所で、松本家もその一つという。ここではイタヤ細工の実演が見られる。

〔桧木内川堤・外町〕 桧木内川堤の桜並木は大きな葉をつけた桜の木のトンネルになっていたが、花が咲いているころの素晴らしさは容易に想像できた。が、花見客でごった返している様子を思い浮かべるとまったく人通りもない今の姿で十分だと思った。川風も心地よかった。商店などの多い南側の外町も自転車でゆっくり走りながら回ってみると、ところどころに土蔵造りなどの古い造りの商店や明治大正時代を思わせる看板を掲げたお店などの見所もあって結構楽しかった。

 
 
 鶴の湯温泉入口  鶴の湯温泉 白湯  田沢湖 たつこ像
 角館 武家屋敷街 表町通り  角館 武家屋敷 青柳家薬医門  角館 武家屋敷 青柳家玄関
角館 武家屋敷 松本家   角館 桧内川堤  角館 土蔵造りの商店 

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